About us

片想いのみんな
片岡シン 唄と鳴らない三線とフライングV
MC.sirafu 唄とラッパとギターとスティールパン
issy 唄とピアノ
伴瀬朝彦 唄とベース
大河原明子 ホルンとお気に入りのトイピアノ
遠藤里美 唄とサクソフォン
あだち麗三郎 唄とドラムス
オラリー 唄とピアニカとギター

2000年くらいに片岡シン(以下シン)とissyは石垣島
に住んでいた。
それがどういうきっかけだったかはわからないが、
なにかの拍子で東京から二千キロ先の同居生活は始まった。
仕事をする傍ら、シンは先生に三線と唄を習った。
issyはピアノを弾いてすごした。
なによりも、夜は静かだった。美しいことだ。
それは素晴らしい生活だったと思う。

一足先に東京に帰国(?)したシンは、
友人のMC.sirafu(以下sirafu)と再会した。
sirafuがその頃どんな音楽をやっていたかというと、
ヒップホップまがいのことや、ガレージまがいのロック。
フリージャズはなによりも好きだった。
石垣と違って海の少ない東京でも、いろんな波がたっていた。
それらにうまく乗らないことに全力を注いだ。
つまりノーウェイブだ。
しかし、波から教わることもあることを、シンに学ぶ。
だから、バンドを組む約束をした。

続いてissyが帰国した。
シンは顔合わせの機会を設けた。
せっかくだから降りたことのない駅にしよう、ということになり、
場所は田端に決まった。
とある談話室に入ると、そこは狭いカウンターの店で、
そこはマスターと「談話」するための店だった。
名古屋の喫茶店には必ずお通しがつくことを教えられた。
2003年くらいのことだったと思う。
「片想い」が結成された日だ。

まず先に音源を作ることにした。
なんにも決まってなかったし、いかんせん三人の音楽志向はバラバラ
だった。
「唄があること」「POPであること」だけを条件に。
図らずも、できた音楽は少しストレンジだけど、
みんなが納得できるものだった。
「always she said it first」というアルバム(2004年2月)。

音源制作も一段落。
活きた音楽が好きな三人は、当然ライブがしたかったわけだが。
作った曲は到底三人では再現しえないもの。
sirafuは同僚の井手リョウ(以下井手)を片想いに誘った。
彼は彼で奇妙な弾き語りをする奇人だった。
彼もまた石垣島からフランスまで放浪の虫。
苦手だというリードギターをやらせたら、
本当に苦手だった。
でも彼のギターにはなにより味があった。

最初のライブは無謀にもワンマンライブだった(2004年12月)。
それはそれでたくさんの温かいお客さんに包まれて、良い演奏会だった。
アコーディオンをはじめ、三線やボーランなど、使える楽器は全部駆使
する、
というスタイルはこの時からすでに実践されていた。
この時実はもう一人友人のベーシストがいたが、
その後のライブ(2004年12月)を最後に脱退。
そのかわり、シンが友人である花井拓也(以下花井)を連れてくる。
しかし、彼はベーシストでは無くドラマーだった。

花井を迎えての最初のライブはさんざんだった(2005年4月)。
花井のドラムはいったいどこを見据えているのかまるでわからなかった。
でも、彼の情熱と空回りは、この先片想いがどこへ行くのかなんとなく
教えてくれた。
一筋縄ではいかない音楽だということだ。

R&B(リズムと慕情)を目指す片想いなのだが、ベース不在。
一度はベーシストが加入したものの、
たった一回のライブで脱退(2005年10月)。
仕方ないので、曲によってsirafuがベースを持ち替えたり、
またはベースレスでの演奏、というスタイルでしばらくいく。
そのスタイルはある意味斬新だった。

2006年に入り、sirafuがアナホールクラブバンドのライブに
顔を出し始める(後に加入)。
それをきっかけに田中恭平(以下恭平)がウッドベースで加入。
また、片想いの大ファンだったホルン(!)の大河原明子(以下大河
原)も加入。
二人の新メンバーを迎え、片想いは一気に七人編成へ。
今まで不安定だった低音域を弦バスがうねり、
スカスカだった中音域をホルンの裏フレーズが切り裂く!
この革新的編成での初ライブ(2006年4月)は今後のスタイルを示
唆する重要なものとなった。

夏、諸事情によりメンバー数人の活動が制限。
その機に乗じて、片想いの実験ユニット
「カタオモロ」結成(シン、issy、恭平、花井)。
そのパフォーマンス(2006年9月)は好評を博す。

吉祥寺MANDA-LA2にて、アナホールクラブバンドとの合体ライブ
「アナ想い」開催(2006年10月)。
issyギックリ腰のアクシデント。一時は開催さえ危ぶまれたが、
腰に注射を4本うち、ピンチをしのぐ!
ライブも大盛況に終わった。

「そろそろいつもの曲をCDで聴きたい!」という声に応え、
2年ぶり新作「東京フェアウェル」発表(2006年10月)。
でも内容はほとんど新曲だった。
井手がそのことに不満だったことを後に知った。
でも彼の作った表題曲は名曲だった。

 吉祥寺シルバーエレファントでのライブ(2006年12月) 
を最後に井手リョウ一応ライブメンバーからは脱退。
まあ、彼がどこに行こうが、また演る機会もあるだろう。
特別なMCも特別なこともしなかった。
一番特別なのは常に彼だったからだ。

で、石垣島に行く井手リョウを送り出すフェアウェルパーティ、
その名も「TOKYO farewell」開催(2007年3月)。
片想いは一人減ったので自然に一人増えた。
伴瀬朝彦という男。彼はすでに仲間の一人だった。
なので彼のギターは演奏の中で当然の顔をして響いていた。
そんな仲間たちの演奏はすべて素晴らしかった。
なにより会場はお客さんの温かい空気に支配されていた。
そして井手の演奏は温かかった。
すべてが素晴らしい夜。
もうなにも言うまい。
またいつかあいましょう。

そんな折り、不幸にも(?)花井に教員の臨時採用の話が来てしまった 
(2007年4月)。
なので花井一時活動休止。
あんなドラムでもいなくては困る。
どうしよう。

一向に花井復帰のメド立たず。
なので、困ったときの倉林哲也加入。(2007年6月)
彼は天才なので何の心配もいらない。
でも時に音がでかすぎて、大河原が嫌な顔をする。

伴瀬が困っていた。
黒岡くん(ホライズン山下宅配便)が自身のライブに出れないという。
嫁の出産日にモロぶちあたる恐れがあるからだ。
持つべきは友。
そこで我々片想い有志が立ち上がったのだ。(2007年10月)
シン、mc.sirafu、issyはメガネを全員着用することで、
見事黒岡を演じきることに成功。
さらにはシンセ、アコーディオン、エレキギターという奇抜な編成で
ホライズンのロックサウンドを見事に再現!!
中でもシンの黒岡声マネは見事であった。
後日無事出産→黒岡息子誕生。ロックな男の子。

倉林のお店がなかなか忙しい。
なかなかライブに出れないのだ。
で、sirafuは思い立ってドラムを叩き出した。(2008年1月)
なかなか悪くない。
しばらくそんなかたちで行こうと思う。
なかなか、少しだけロックになった片想い。

メンバーも流動的になってきたカタオモロ。
沖縄不動の人気ハードロックバンドというコンセプトだけは
揺るがない。
そんなカタオモロの久々のライブに強力新メンバー加入!
(2008年2月)
射花長照(key), MCまんた(dr)、BEGIN(tuba)の3人だ。
ライブは熱狂的なものとなった。
知人の沖縄人は苦笑い。

教員になった花井が久々にライブに顔を出すという。
でも、彼がつく頃には、すでにライブは始まっていた。
日曜日なのに彼は出勤していたという。
無論ステージに彼を呼び出し、1曲だけ演奏した。
一年のブランク。
僕らは正直失敗を期待していた。
しかし彼は曲を完璧に覚えていた。
教師という職がどれだけ大変なものかなどわからない。
知りたくもない。
問題は彼が何を学び、何を悩み、
どれだけ大きくなったのか?だ。
で、少なくとも彼が叩く音量は二倍になっていた。
安心した。それでいいじゃないか。(2008年3月)

片想い中の奥田聡子に引き寄せられて
京都に初上陸片想い。(2008年5月)
素晴らしい人たち、素晴らしい音楽、素晴らしい土地。
酒呑みすぎた旅でしたが、まぁいいや。
奥田聡子とは両想いになれた気がする片想い。

ここ1〜2年で14キロ肥ってしまったMC.sirafu。
暑い夏も終わったので、ダイエットすることに。
ついでにバンドもシェイプアップ。
突然のギターレス&ツインドラム編成に戸惑いを隠せない
メンバーそして客(2008年9月)。
まあ見てなさいよ。

依然迷走中の片想い。
そんな中、再び京都へ!(2008年10月)
シンががんばりすぎてちょっとくどい!
MC.sirafu京都に大事な笛を忘れてくる!
大河原、バンドでは見せぬ体力で観光三昧!!
伴瀬くん風邪三昧。
issy笑いの才能が開花!ライブ後、一人聖地大阪へ!!
田中と花井は一線を超え、師弟関係以上の関係へ!
あぁ楽しかった!

シン、演奏していないのに、ギターの弦を切るという、
神業をやってのける!!(2008年11月)
音楽の神君臨!!
これがロックだ!!

シン、ネットオークションで憧れのフライングV購入。
(2008年11月)
中途半端なボディの赤さをFLASHに指摘される。

田中恭平脱退を経て,
永遠のMr.片想い花井をドラムに迎え、
今年最後の大一番モナレコでのライブ(2008年12月)。
天才サクソフォン遠藤里美を助っ人に、
片想い今年ベストパフォーマンス。
そして共演者から多くを学ぶ。
何かが始まりそうな一日。

天才イケイケ美人サクソフォン遠藤里美正式加入(2009年2月)。
やったねやったね。

仲良くなったceroの企画で、
ceroの柳君に片想い初めてディスられる!!(2009年3月)
メンバー一同大興奮!!

あと、同じ時期、円盤より片想い初の映像作品リリース。
その名も「片想いのハッピーバースディ」。(2009年3月)
タイトルの由来はただ、ライブの日がシンの誕生日だっただけ。
改めて客観的に片想いを見てみると、
とても楽しそうなバンドだなぁ。と思った。

花井君、教師に専念するべく片想い脱退。(2009年4月)
でも、悲しんでる暇はないし、
立ち止まってる暇もない。
ものごとはどんどん動いていくし、
いろんなことが絡まっていくんだ。

モナレコードが三階に移転して、
そのこけら落としパーティに呼ばれる。(2009年5月)
パーティーバンドとして盛り上げてくれという使命。
しかし、パーティーバンドの意味がわからず、困惑。
それでも、シンの奇跡のダンスで会場は熱気に包まれた!
三輪二郎が当日飛び入り。さらにこの日はあだち麗三郎ドラムス。
三輪二郎といまから山登りに影響されて作った
「山の方から来てくれればいいのに」を、
この山登りメンバーと演奏できて嬉しかった。
三輪二郎といまから片想い。

念願の「東京の演奏」に出演!(2009年6月)
これで正真正銘東京のバンドとして威張れるぞ!
なんてことはさておき、共演もお客さんも夜景もハイボールも素晴らしすぎた。
京都以来封印していた「グッバイキャミソール」を新宿の夜空に解き放つつもりが、
陽が長くなっていて、そこまで空は暗くなかった。

お世話になったモナレコの大栄さんが退職してしまう。
そのフェアウェルパーティーが深夜開かれる(2009年6月)ということで、
これはなんとしても出演しなければ!
しかし、片想いは夜に弱い連中の集まり。
「無理しなくていいよ〜」と恐る恐る参加者を募ってみる。
すると
「眠いけど大丈夫!」
「あたし眠いけどがんばる!」
「仮眠してがんばるわ!」
と、修学旅行の中学生の
「寝たヤツは負け」
「寝ないのかっこいい」
的なニュアンスにもとれる返事がぞくぞくと!
結局大阪ツアー中の伴瀬君以外全員参加という事態に!
しかも伴瀬の代わりにえんちゃんが強制的にベースを弾かされた。
手に豆ができて可哀想だった。
あと、数日前にマイケルが他界。
大栄さんサヨナラのはずが、いつのまにかマイケル追悼ライブに。

大河原が円盤カレー道場に挑戦(2009年6月)。
研究に研究を重ねた自信作であったが、
なんと一票差で敗戦。
消沈する主婦大河原。
ちなみにシンは相手方に投票していたと思われる。

440にて初ライブ。
よいライブだったので、その勢いであだち君に、
「そろそろメンバーになっちゃいなよ〜」と言ったら、
「いいよ〜」と意外にも承諾。
なので天才爆発火星王子ことあだち麗三郎正式加入(2009年7月)。
やったねやったね。

あだち麗三郎正式加入後月見ルにて初ライブ!(2009年7月)
誰が正式にメンバーでとか、どうでもいい話なんだけどね。
それでも紆余曲折を経てこの7人が揃ったことは素晴らしいことだと思う。
代わりのいない7人。
「My Favorite Things」という新曲を披露。
今後の方向性を示唆する曲をやれたと思う。
やっと、やっと、第三期片想いの始まり。のような気がする。
楽しくなるよ。

写真家竜ちゃんこと鈴木竜一朗が主催する、
御殿場フジサンロクフェスに片想い出演!!(2009年8月)	
名誉あるオープニングアクトは狂乱の渦。
彼の実家の庭で催された二日間の宴!
自然と富士山とおいしいごはんと酒と。
出演者とお客さんの境もなく、衣食住と共に流れた至福の時間。
このフェスは続くだろうけど、
この年の二日間はきっと伝説になるんだと思う。

「cero想いのお楽しみ小旅行」決行!(2009年10月)
ceroとあと何人かの仲間たちと行く旅は、
それはもう楽しかった。
旅に理由はないけど、でもそこにいる人たちとか、
旅の途上での出来事とか、色んなことが作用して、
名古屋と京都の二日間の演奏は違っていた。
演奏には理由があったのだ。
多くの人たちのために。
まだ見ぬあなたのために。

愛すべき阿佐ヶ谷rojiにて片想いワンマンライブ敢行!(2009年12月)
お客さんはそんなに入りきれないので、来たくても来れない人がいた。
この空間でなにか大きなことが僕らならできるんじゃないかと思った。
当然、普通にいつも通りバンド編成でやった。
とても小さな音で大きなことができた。
これは僕らなりの挑戦だったのだ、音楽に対する。
パンとシチューと音楽で、少しでもあたたかくなってもらえただろうか。

「東京の演奏まつり」に片想い出演!(2009年12月)
と言ってもMC.sirafuは主催でもあったのである。
10年後見たらその凄すぎるメンツに恐らくみんな腰抜かすであろう。
2009年という年はそれだけ異常な年であったのだということをここに記す。

「いなかやろうVS片想い」円盤で開催!(2009年1月)     
なにがどういう対決だったかはわからないが、
お互いがお互いを色んな面で意識していたいたのだと思う。
結果的にそこは素晴らしくあたたかい空気に包まれた。
そして信頼感がこういう風に産まれることがあることを、
この日に知った。

MC.sirafu円盤にて初の対談に挑戦!(2009年2月)    
対談相手は、シンとissy、そしてcero荒内とビデオテープミュージック間部にむりやり組ませたバンド。
その名もfrom大阪「B-positive」。
喋ってるのがシンということに最後まで気づかない客が本当に二人くらいいた。
本当にどうでもいい会話を30分した。
最後にTMの超マイナーな曲を演奏した。
シンと荒内はそのうちTMのカバーをしたいねと以前から話していたらしく、
こんなに早く夢が叶ったことに困惑していた。

東演こっちゃんをうまくそそのかし「沖縄の演奏」開催!(2010年3月)
それぞれの出演者が素晴らしかったのだが、その素晴らしさのベクトルがみんなバラバラなのに、
イベントには不思議な連帯感が産まれていたのであった。
それもこれもすべてはカタオモロが
「今日は全員沖縄出身のアーティストってことで、テンションがあがっておりま〜す!!」
と最後に言いたかったためだけ。

何年かぶりに恐怖のとんちイベント開催!!
その名も「とんち100%伝説」!!!(2010年5月)
ホライズン山下宅配便、アナホールクラブバンド、片想い、シンクロ、倉林哲也と、
言わずとしれた恐ろしいメンバー!!
4時間という長丁場で失神者が出なかったのだけが不幸中の幸い。
笑いすぎて疲れた。

片想い、某フェスを出演キャンセル!!(2010年5月)
当初はフライヤーの片想いの扱いが小さい!というくらいの不満だったのが、
意外に大事になってしまった。
あんまりプリプリしちゃいけませんね。

片想いに天才チェロ奏者関口将史参加!!(2010年6月)
その天才っぷりにメンバー全員驚愕!!
直後、カタオモロのBEGINと関口くんが中学の同級生だったことも発覚!!
その因果に驚愕!!

伴瀬くんがライブに出れないため、代わりのメンバーを5人入れるという暴挙!!(2010年7月)
総勢11人の「片想いドタバタ編」!!
中でも倉林の箸を使ったソロは伝説となった。

片想い対決シリーズ第二弾!!!
「片想いVS VIDEOTAPEMUSIC」!!!!!!(2010年7月)
制作期間半年の映像作品に全員が息を呑んだ。
つながりと創造と愛の記録。

新メンバーオラリー加入!!(2010年9月)
新曲「踊る理由」は今後の方向性を示唆するダンスナンバー。
舞踏家の北原倫子さんが踊り、
videotapemusicが撮影。
最後その二人も演奏に参加しだすという演出をする。
境界線を不明瞭にするという挑戦。
あくまでポップに。
片想いに関わる人はみんあポップなのだ。

神戸と名古屋へ!(2010年11月)
グッゲンハイムはなんて素晴らしい場所で。
音楽をスペース(空間)として楽しむ幸福よ!
そして、ハポンは本当に素晴らしかった。
リハで音を鳴らした瞬間、ここに戻ってきたと思ったのだ。
名古屋の皆さん、またあいましょう。

東京の演奏MAXにて小鳥美術館、ザ・なつやすみバンドと共演!!(2010年12月)
ほんとうに素晴らしい日。
なんて多幸感に満ち溢れていたんだろう。
この日の演奏を最後に片想いはしばし旅へ‥

東北地方太平洋沖地震(2011年3月)起こる。
こんな時、人それぞれ、いろんなことを考えるだろう。
考え方だって変わるさ、そりゃ。

cero「world records」レコ発に出演!(2011年4月)
カタオモロで出演だったけど、まさかの片想いにスゥィッチ!
ゼ・渡嘉敷さんがハブに噛まれる時間帯は年々早くなりますね。
この日は大変なお客さんの数でしたね。
とにも盛り上がってよかった。
MCさんは2ステージで、むろん憔悴。

アルフレッドビーチサンダルさんの企画に出る予定だったバンドがなんと直前でキャンセル!!
というわけで代打バンド片想いはサンダルのピンチを救ってやったのである(2011年4月)。
こうやって恩を売っておけばあとでいいことがある。

なんとカタオモロが下北沢の音楽フェスに参戦!(2011年6月)
裏メインとか言われてたけど、お客さん来るのか心配でした。
蓋あけてみれば大盛り上がり!
お客さんいい耳してるね!
新beginも誕生したよ!

日芸のぷちろっくに「チェンチェン」という変名で出演(2011年11月)。
「チェンチェンって誰だ!?」って騒がれる目論みは見事に外れ、
話題にもならなかった。
ceroとの合同ステージはバタバタでしたが楽しかったよ!

ceroが昆虫キッズ、シャムキャッツと御三家とかいってライブしてたので、
それに対抗して片想い/昆虫キッズ/スカートで新御三家ライブを敢行!(2011年12月)
黄金町にたくさんの人が集まってびっくり!
試聴室動員タイ記録だったらしい!

旧グッケンハイム邸にて三田村管打団?と片想いがまさかの合体。
その名も「両想い管打団」!!!(2012年1月)
言葉にできない程の凄まじいバイブレーションにただただ感動。歓喜。
音楽の力というのは人の力でもある。
初心にかえらされましたね。

ツクモクの角田くんが営む名古屋のブラジルコーヒーにて演奏。(2012年2月)
昔名古屋にホライズンかなんかで来た時に、普通にコーヒー飲んだ喫茶店でびっくり!
名古屋は本当に好きだ。

3.11というこの日に神戸で演奏する機会を頂く。(2012年3月)
この日に演奏することはなんら特別ではないけど、なにか特別な気持ちを抱いていたことは確かだ。
三田村との演奏は経験したことないくらいお客さんが盛り上がった。
あの衝動はなんだったのだろう。
そして、この日に「踊る理由」の7インチを世に出せたことはとても嬉しい。

NRQさまのレコ発にお呼ばれ。(2012年3月)
というかオフィシャルでは東京久しぶりのライブ。
珍しくメンバーは緊張していた‥
中尾さんをMCで笑わすことができたのがこの日の収穫。

片想い金沢初上陸!!(2012年4月)
呼んでくれたチームバンビという子たちは金沢を盛り上げようとするイカしたやつら!
今回も観光モード全開の片想いメンだったが、市場で食べた寿司は最高だった。
おみやげに買ったホタルイカを、?城くんの分までMC.sirafuが家に持って帰ってしまい、
「イカ泥棒」の汚名を着せられる。


toirockというイベントにカタオモロがでる。(2012年4月)
なんだかめっちゃ盛り上がったようです。
今回は4人死人がでた。
新メンバーの真喜志(fromえぇな琉球)や首里嬢ちゃん大活躍の回。
最後はみんなで大撮影会となったとさ。


新潟月岡温泉での「音泉温楽」に呼ばれる!(2012年4月)
ここは正にえんちゃんの実家で、いつもよりえんちゃんはいきいきしていた!
えんちゃんの連れてきた家族は全員えんちゃんと同じ顔をしていたとかないとか‥

恒例!(にしようと思ってるぞ!)、片想い感謝祭@roji開催!(2012年5月)
ルミさんがせっかく買った折りたたみステージを何が何でも使いたがり、
それを阻止しようとするcero?城くんとの親子の攻防戦が面白かった。
チケットもrojiが作ってくれて嬉しかった!

oonoyuukiバンドと片想いのツーマン!(2012年6月)
この日は建て前上、両バンドの対決姿勢を貫いたが、それはアングルで、
最後はみんなでセッションした!
本編の最後にハピネスという曲で、oonoくんにエレキを弾いてもらった。
それは魂に溢れている演奏でとてもよかった。
それとoonoバンドのドラムのよーせいくんが、最後のセッションで、
「こういう(大団円的なセッション)のやったことないから、楽しかった」みたく言ってくれて、
とても嬉しかった。
oonoバンドの尖った感じと片想いの緩い雰囲気は対極ではあるが、
双方に僕がメンバーいたり、表現の上ではどこかでなにかが分かり合える部分があることが証明できたみたいで、
それも嬉しかった。
表現とは分かり合うためのものでもある。

下北インディーファンクラブに片想い初登場!(2012年7月)
なんてこった!の大盛り上がり!
伴瀬くんとあだちくんとMC.sirafuでこの日合計15ステージくらいやったんじゃないか?
おつかれさまでーす!

片想い、まさかのフジロック出演!(2012年7月)
苗場食堂で片想いの演奏が始まるまさにその時間、
グリーンステージではレディオヘッドが!!!!
ゴーストタウン化する苗場食堂‥
と思いきや!たくさんのお客さんが!
演奏を続けているうちにだんだんお客さんが呼び寄せられたみたいに増えてく景色は感動しました。
この日はceroもフィールドオブへブンに出ていて、
まさかceroと一緒にフジロックでることになろうとは‥
人生っておもしろいね!

平賀さち枝さんとツーマンライブ!(2012年8月)
そして片想いでは久しぶりのモナレコード!
曲目も自然と初期の曲中心に。なんだか感慨深いね!
最後にさっちゃんと「棒切れなど〜」を演奏!
間奏の踊りがかわいかったね!

なんと東京で両想い管打団!実現!!!!(2012年9月)
しかもWWWという最高の場所で。
三田村の人たちはみんなこどもがいたりして、
だから、そう簡単に東京に来たりすることはできない。
それとは関係なく、そもそも、東京のバンドは簡単に呼ばれて地方に行くけど、
地方のバンドはそう簡単に東京にくることはできない。
だからこの日、たくさんの人が動いて東京で両想いを実現させたことは本当に凄いことだ。
無論、この日の熱狂は凄かった。
向かう、移動、集うのだ。
あ、あと、飛び入りの中尾さんとえんちゃんのバトルが凄かったね。

んで、ceroと仲良く長野へ!(2012年9月)
片想いは仲良くソバを食べに行ってしまった‥
MCとあだちはceroリハで行けず‥
片想いの遠征の心の割合は(ライブ3割+観光7割)です。

videotapemusicくんのリリパ「延泊」に出演!(2012年9月)
この日のラストにやけのはらとかcero?城荒内とかベータパナマくんとか、
カシーフさんとか、お客で来てたビーサンとか、
とにかく全員でセッションしたんだけど。
これはもう今現場で起こってることでしかなく、
シーンと言えるシーンというのはこういったドキュメントのことであると思っている。
そういう現場をつくる才能に周辺で最も優れてるのはvideotapemusicだ。
だから、こういう時を見逃してはいけない。

寺尾紗穂さん主催の「りんりんふぇす」に出演!(2012年10月)
ビッグイシューのイベントなので、とてもオモローな趣向だった!
出演者もおじさんのダンスチームとかいて素晴らしかった!
最後に友部正人さんやなぎら健壱さんという大御所たちとセッション!
なんだか凄いね!

カクバリズム10周年のイベントに出演!(2012年10月)
スタジオコースト!という片想い史上最大のオオバコ!
大丈夫か片想い!!!
でも、カクバリズムファンのお客さんはとてもあたたかく、いつも通りの片想いができましたよ。
それにしても、カクバリズムというレーベルは凄い。
所属アーティストが素晴らしいのはさることながら、
この時代にこうやって一定の質、そして見えないようで(見せないようにしてる)実はある信念。
本当に大変なことだと思う、この時代にね。
カクバリ社長は凄い。
ちょっとでも関われて、最高です。10周年の間に片想いは滑り込みだけどね。
カクバリズムおめでとう。

武蔵大の学祭に出演!(2012年11月)
えんちゃんが出れないのでNRQ牧野氏を召喚!
自由度の高い牧野のギターは最高です。
彼が楽しんでたのが良かった。最高のプレイヤー。
酔っぱらってた客にMCがキレて、それをシンが見事に取り繕っててウケた!
お酒は程々にね!

仙台でyumboと共演!(2012年11月)
最後に全員で「ハピネス」と「これが現実だ」を演奏。
僕はyumboと片想いには勝手に近いものを感じている。
それがなにかが少しはわかってもらえたんじゃないか?
最後の演奏でそう思ったのです。
その日はカクバリ社長の実家に泊めてもらう!
カクバリ母を無駄にたくさん笑わせて楽しかった!

旧友「friendly hearts of Japan」のレコ発!(2012年11月)
昔、彼らの本拠地の畑の真ん中の小屋で演奏したことがある。
それは遠い昔だけど、こうして今かれらがCDを出して、東京で一緒に演奏できることは感慨深い。
あと七針は非常に片想いにあってるハコだった。
生楽器の響きを活かせるハコはとても片想いに向いている。
片想いは小音量のがいいんですよ。しょぼいバンドなんで!

「Erection」(2012年11月)というそうそうたるメンツが集うパーティに出演!
楽屋にSIMI LABがいて、シンとかissyと話してるのが和んだ。
アルバム褒めたら謙遜してんのとかウケた‥
めっちゃいい人たちだった‥

とんちまつり名古屋編!@ハポン!(2012年12月)
ずっと昔からこの企画ハポンでやりたかったんだけど、
やっと実現できて良かった!
片想いも良かったけど、やっぱりとんちを取り巻いてくれる名古屋のお客さんの反応と空気は独特なものがあるね。
とても特別。僕らにとっても。
いつもありがとう。名古屋。
それにしてもシンクロ凄かった。

とんちまつり東京編!!!!!(2012年12月)
出演者全員オールシークレットで8時間!!!!
こんなまつりはないね!
なにが起こったかは、その日あの場にいた人が知る権利があるのです!
とにかく凄かったけどね!
cero高(ハシゴダカ)城曰く「今日は音楽が中心にある」
それがすべて。

伝説のパーティ「SLOWMOTION」復活!(2012年12月)
この日、片想いのライブの時だけホールの扉が開いて、
中へ招待されるシステム!
ホーンデッドマンションみたいで良いね!あたかも深夜の秘密パーティ!!

片想い「すべてを」10インチでカクバリズムよりリリース!!!!!!(2012年12月)
3日でレコード屋から姿を消す勢い!やったね!
昔(10年以上前)、片想いのCDRを作った時、
なんかパンチが足りなくて、シングルっぽい曲がほしいなぁ、と思って、「すべてを」をつくったんだけど。
こうして10年以上たってその曲がこうしてシングルとしてレコードになることは本当に感慨深い。
曲は普遍なんだね。

元立誠小学校にて両想い管打団!(2013年1月)
真冬の小学校の体育館なのでどうなることかと思ったけど、
そこはお客さんの凄すぎる熱気でなんの心配もなかった!
三田村も一緒にやった中では最大人数で、なかなかヤバかったですよ!
片想い、久しぶりの京都で、大ちゃんが朝ついて、徹夜で観光しててみんな呆れた。


2013年2月現在